純愛じゃない愛なんて存在しない
−ヴァレンタイン・デイによせて−

最初に“ヴァレンタイン・デイ”というものに触れたのは確か小学校5年生の時だったと思う。
まだまだ子供でさ、愛も恋もわからないって感じだったけど、変に意識しちゃったのを憶えてる。

友達同士の間じゃ「チョコなんていらねーよ」「絶対もらうなよ」なんて強がってたっけ。
でも、当日になったら皆うれしそうにもらってたけどね。
(実は少し幻滅したんだよね、「約束したのになぁ・・・」って感じで。)
で、律儀で硬派だった(?)オレとしては、「一度、口にした事は実行する」
「好きでもない女の子からは受け取れない」なんて感じで断固として受け取らなかった。
それでも休み時間中、机の中に入れとくもんだから、わざわざ返してた。

放課後、いつものように友達と遊んでから家に帰ると・・・
その女の子達が母親とお茶(ジュースか?)を飲みながらオレの帰りを待っていた。

「受け取りなさい」と言う母親。
「いや、男が一度口にしたことは・・・」と、子供ながらに“男論”をぶちかますオレ。
しかし、敵は女3人。口で勝てるワケがない。
とりあえず、その場を治めるために受けっ取ったフリをして、彼女達が帰ったところを追いかけてまたまた返した。

そんで、次の日がまた大変だったんだから。
他の“女子”には責められるわ、
「浦田くんがチョコをもらってくれない」という議題で緊急学級会が開かれるわ、
先生には怒られるわ・・・。

でもね、オレは友達を責めたりするような言葉は一切言わなかった。というか、言えなかった。
皆うれしそうだったし、そんな“約束”なんて忘れてるようだったし・・・。
ちょっと“孤独”を感じたな。(なんか、ここらへん全然変わってないな。オレ。)

本当はさ、やっぱり照れちゃうんだよね、ヴァレンタインにチョコもらうなんてさ。
オクテで純情だった(??)オレとしては・・・。
(今となっては本当に申し訳ないことをしたと思ってます。)(後にクラス会で謝りました。)

でも中学、高校の頃からは、その日が近づくとドキドキしてたな。(成長したのネ)
だって、「女の子が男の子に告白できる年に一度のチャンス」
だったんだぜ。
ポーズとしては相変わらず「カンケーねーよ。」って感じだったけど内心は
「あの娘くれるかな〜?」
って感じで心配してたりした。だから、気になってた女の子からもらった時は嬉しかったよ。
その娘の愛おしい表情は今でも憶えてる。
それと、オレのうろたえてる姿もね。

“青春”
してたなーって感じ。

だけど、大人になっていくにつれて、その
“青春”のクオリティーが落ちてきたような気がする。
イベント化されてるせいもあると思うけど、やはりなんといっても“義理チョコ”が
よくないっ
あれは、
“青春”を降りてしまったオヤジのためだけでいい。
義理チョコなんて
“青春”じゃねぇぇぇっ!オレはまだ“青春”していたいんだぁぁぁっ!
と叫んでも世相を変えられないのはわかってる。

でもねー。はっきり言って“義理”でもらってもつまんないもん。ドキドキしないもん。
それこそ、もらう側も慣例としての義理でもらうって感じだもんね。
おまけに、“ホワイト・デイ”には“倍返し”だぁ??このやろー。
そんなことだからさ、恋人にもらう時だって“あたり前”みたいになってきちゃってるんじゃないかな?

やっぱり、オレの気持ちとしては
「女の子が男の子に告白できる年に一度のチャンス」的であってほしいんだよね。
あの、キラキラしてるトキメキを知ってるオレとしてはさ。
ちょっと下向いてはにかみながら、そして
真正面から(ここ重要ね。)渡してもらいたい。
そしてオレもドキドキをひた隠しにしながら、平然さを装いつつも、
ちょっとだけうろたえちゃう自分ってやつに会いたいんだよね。

ナイショだけどさ・・・、女の子にチョコもらう時は今でもドキドキしちゃうんだ。

  がんばって“青春”しよーぜ!!!


この文は、かつて存在したFAN CLUBの会報誌「TRUE BLUE」に書いたものを、現在の自分を確認しながら訂正・加筆したものです。