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ヴェトナム、いや、ベトナムに行ってきた。
期間限定ユニット(?)の「ヒコウ少年」で2Daysのライヴをやってきた。

ま、ベトナムと言っても、お客さんのほとんどはベトナム駐在員の日本人。
(しかも、年齢層は高め。)
あとは、その店で働く日本で言う“ホステス”さん。ヴェトナム人の“おねいちゃん”30人ほど。
(レヴェルは高い!←ま、個人的見解だが。)

そして、“ライヴ”と言っても
「駐在員が喜ぶような有名な曲を入れて欲しい」とのリクエストがあり、
それらをカラオケで唄ったのが主だ。
なんだか“営業”という趣きが強い。
オレたちの出番の前に「マジックショー」もあったりして、酒を飲みながらのパーティーだしね。


でもさ、せっかくだから自分のオリジナルもやりたいじゃん?
「ヒコウ少年」の曲もオレが作ったものでオリジナルはオリジナルだけど、でもカラオケだし、
「ヒコウ少年」はあくまでも「浦田健志」じゃないし・・・。

ま、オレは、それはそれで楽しむ方向に自分を持っていけばいくらでも楽しめるんだけどね。

でもやっぱ「浦田健志」を“本生”でやりたいじゃん?

そこで、Soloコーナーを設けた。1曲。

そこで何をやるかが問題になるわけだ。

どういう選曲をするか?によって、その人が見えてくるだろうな。
アーティストのポリシーやら、なんかもね。

“いまイチオシ!”をやるのか、
“いちばんの自信作”をやるのか、
“受けそうなもの” “最大公約数”を狙うのか・・・・・・

たった1曲で評価されてしまうからね。
そして、カラオケと同じような平均率で聞かれてしまっては、只の“お唄が上手なおにいさん”で終わってしまうのだ。
そうなってしまった場合、そんなもん即座にアーティスト(でもシンガーでもミュージシャンでもいいが)の
看板を下ろしてしまったほうがいい。

この1曲がオレのアイデンティティーになるのだ。

これはいつも思うことだけど、とにかく“せこい”選曲はしたくなかったよね。

“せこい”選曲を目の当たりにした例を1つあげるとね。
昔、ジョン・レノンの追悼イヴェントに出たことがあるのね。
それはいわゆる“メジャー”の人が10組くらい(だったかな?)出たイヴェントだったんだけど。
その中にはさ、とんでもないのもいたわけ。

「ホントにジョンが好きで影響を受けました。じゃ、次の曲は“I SAW HER STANDING THERE” !」

おいおいっ!それはポールの曲じゃねーかよ!
みたいのとかさ。

「○月○日に発売した新曲です!」
とか、唄ってみたらビートルズもジョン・レノンも全然関係ない曲だったりしてさ。
ただのプロモーション。

君さぁ〜、出て恥ずかしくないか?!みたいな。
なんか考え方がせこくない?
オレ、何度もツッコミ入れてたもん。


話がちょっと脱線したが・・・ま、とにかく、
オレは「欲望」という歌を選んだ。

きっと、この歌はシングルの1曲目にはならない歌だろう。
そして、内容もちょっとだけヘヴィーなものだ。

耳障りの良いポップな歌もある。
“最大公約数”的な“一般受け”しそうな歌も持っている。
「エネルギーありまっせ〜」とアピールできる歌もある。
単純に“ノリ”の良いものもね。

でもオレは“意味のある(ありそうな)もの”をやりたかったんだよね。
だからって、例えばカリフォルニアで唄うからって
「オレのココロは〜 いつでもブル〜スカ〜イ」みたいな歌を唄うんじゃなくてね。
MADE IN JAPANの浦田健志がヴェトナムという場所で唄う意義のあるものをね。
「これしかない!」とは思わなかったけど、「これがいい!」と思って「欲望」にした。

ま、ホンネを言っちゃえばさ、どんな曲を持ってきたって「既成のカラオケなんぞに負けるわきゃねえ」って自信はあるんだけどね。強気の浦田くんとしてはさ。

オレはさ、唄う前から「お前らぁ〜、耳かっぽじってよぉ〜く聴いとけよぉ〜。」
「見てろよぉ〜、おとしまえつけたるっ!」くらいな感じでこの歌になるのを待ってたよね。
ま、別に“おとしまえ”つけることなど何もないのだけれど。

で、唄った。

いやぁ〜、よかったねぇ〜。

唄いだして数秒後からだよ。
あの、熱を帯びた静寂に向かっていったのは。

「うっ、こいつ本気だ」ってわかったんだろうね。

全ての目がオレだけを捕らえてたように思う。
ほとんどグラスに手をやる人なんかいなかったんじゃないかな。

そして唄い終わった時に漏れた感嘆の声と、その日いちばん大きな拍手。

うん。すっごく気持ちよかった。

2日目は「LOVE SONG」という歌を唄ったんだけど(これは1日目のアンチテーゼかな)、
これも、この曲が持つ雰囲気とオレが伝えたいことにピタリと填まるような反応が返ってきて嬉しかった。

やっぱね、浮かんだよね。
日本からわざわざ観に来てくれた人もいたし、いつも応援してくれてる人とか友人とかね。

「ちゃんと『浦田健志』やんないとなぁ〜」って。

日本から観に来てくれた人も思ってくれたんじゃないかな。
「浦田健志はやっぱ浦田健志だった」ってね。どう?


よく聞く話だけどさ、たかだか1週間かそこらの海外旅行でさ、「人生観が変わった」って人。
オレは「こいつ、アホか」といつも思うのね。
日本から金持ってってさ、ガイドブックに載ってる名所とかまわってさ、
単に異文化にかすっただけなのにね。
もちろん、強力な出来事に遭遇したら一瞬にして人生観や価値観がぶっ飛んでしまうこともあるだろう。
でも、それは自国にいてもね。

オレは問いたくなるよね。
「じゃあさ、今までの人生観ってどういうものだったの?」って。
って、ゆーか、「そんなの持ってたの?」って。

めんどくさいから問わないけどね。


そういうものって日々の生活の中で育まれていくもんだと思うんだけどね。
もちろん、一瞬にして変わることもあるっていうのは信じられるけど。

まあ、大抵は旅行気分に浸ってるだけで持続しないものだな。
あるいは、言いたいだけ、か。
いずれにしても、薄っぺらいのが多いな。


国によってはIDカードの重要性が高い国もある。
それが全てと言っても過言ではない国もある。
国家に支配されてたりしてね。

オレたちは幸いなことに、自己の自由を最大限に感じることができる国に生きている。
本当の“自由”の核は、笑ったり泣いたりわめいたりして何かを求めることのできる感情(ココロ)の状態だと思う。
その感情の中で、他者との交わりの中で自己のアイデンティティーを育んでいく。


いつだって、どこにいたって、誰といたって
「“浦田健志”そのものがID」

と胸を張って言い切れるような、認知、容認されるような人生観、価値観を育んでいきたいものでありますな。


最後のサムライだっちゅーのっ!



P.S  ベトナムはねぇ、国としてはハッキリ言って「また行きたい!」とは特に思えない場所だったけど、
ベトナムでがんばっている日本人と密になれたことがうれしかったな。
そういう意味ではまた行くことがあるだろう。

あと・・・
「オレはやっぱり日本人の女子が好きだ」
と再確認しました。