浦田健志 with Rd “J”Band

浦田健志 with Rd “J”Bandは2000.12.19のライヴを最後に解散しました。
「でも、浦田健志は続くんでしょ?」という声も聞こえそうですが、
僕にとっては、そんなお気楽なものではありません。
「バンドの解散なんてよくあること」などと言われたら残念な気がします。

「解散」を考えて結論を出したのは僕自身なのですが、この「解散」が正しい選択だとは
今でも思っていないし、むしろ僕にとってはダメージに繋がることも承知です。

「浦田健志 with Rd “J”Band」というネーミングを見ると、
やっぱり「ソロ+バックバンド」という図式に見えるだろうけど、僕にとっては1つのバンドでした。
「and」ではなく、あくまでも「with」でした。

「浦田健志」というソロでデビューして、それが途切れて、半ばリハビリのつもりでバンドを2つほどやって、
またソロに戻る時、僕をサポートするPLAYERとして彼らは最適なメンバーでした。
(Bassは3人変わったけど。)

Saxの橋本一芳は雑誌の「メンバー募集」で出会って以来(初めはドラムだった)、
かれこれ16,7年の付き合いで、ずっと僕の活動を近くで見てきた。

Guitarの松永靖は彼のバンド「DARTS」でプロ活動していた時(Vocalだった)、
プロデューサーが同じだったこともあり(林哲司 氏)、僕のデビュー用のデモテープ作りを手伝ってくれた。
そして、「BLUE」というCDが出た時、その全曲をギター・コピーしたという。
その頃から「浦田健志のバックでギターを弾きたい」と言ってくれてた。

Drumsの小林秀樹は“リハビリ中”のバンドで出会った。
歌に対する姿勢とキャラクターは僕を「一生こいつを離したくない」という気持ちにさせるまで
そう時間はかからなかった。そして彼は正直なドラマーだ。
例えば僕が気を抜いて唄ってたとしたら(ライヴでそんなことはないが)
「お前、今、気ぃ抜いてるよ」って教えてくれるようなドラマーだ。


そして、彼らは(音楽の趣味はちがうけど)僕の音楽の理解者だった。
必然的に彼らを迎えてソロ活動を始めた。
<僕がソロにこだわった理由は、「THE なんとか」という完全なバンドだと「THE なんとか」の
イメージやスタイルや民主主義の中で曲を作っていかなければならないことが多々あり(僕の場合は)、
それだとソングライター・浦田健志としてのキャパシティーを狭めてしまう恐れがある。
というのと、「浦田健志」でやりのこした事がいっぱいあるからです。>


僕には目標があった。
例えば、ブルース・スプリングスティーンはE・STREET BANDを
バックにしたがえて演るのが一番いいと誰もが思ってるだろう。
例えば、佐野元春 with THE HEARTLANDのライヴパフォーマンスはある意味、
日本のロックに初めてエンターテイメント性を加えたと思っているが、
それは、あの“仲間”って感じのメンバーだったから出来たと思う。
そして、桑田佳祐は必ず「サザンオールスターズ」に戻る。

ソロだとしてもそんな見られ方をされるバンド形態を作りたかった。
バンドの中にもスターがいるような。
だからといって、始めから「浦田健志&なんとか」とか安易に付けるのは嫌だった。
最初は“手伝ってよ”って感じだったし、
ちゃんと、“バンド”というよりも“ファミリー”っぽくなってから付けたいと思ってた。

そして、Bassの西村努が入ってしばらくして、「浦田健志 withRd “J”Band」と名付けた。
(Rd"J"も「とりあえず仮で。」ということだったんだが。)
今までの音楽活動のなかで、いくつかバンドをやったし、名のあるミュージシャンともライヴを
やったけれども、これほどやりたいことの欲求が満たせるバンドは今までに無かったと言えます。
僕はいろんな曲を書けたし、僕らはいろんなことが出来た。
リハーサルにはなかったことをライヴでいきなりやっても大丈夫だった。むしろ得意だった。
曲の構成やアレンジをその場で変えてもみんなついてきた。おもしろがれた。
やる曲も曲順も決めずにライヴをやったこともあった。
他の人に「あれ、打合せなしでいきなりやったの?」とか聞かれると誇らしかった。

断言する。こんなことがやれるバンドはめったにない。

でも、解散した。
理由をおおまかに言っちゃえば、“ズレ”を感じちゃったのね。
(けんかとか仲が悪いとかはまったくないから。)
なんか、いきなりいろんなことが“押し寄せた”って感じなのかな。うまくはまだ言えない。
(ちなみに橋本は同時期に同じようなものを感じてたみたい。彼は音楽自体を辞めるそうだ。)

続けようとしたら続けられただろうし、「THE なんとか」というバンドにすれば何か変わるかなとも考えたけど、
潮時だったのかもしれない。

「これからどうしよう?」と考えたとき、まだ答えはない。
ただ、もうこんなバンドはできないだろうな。と漠然と想う。
大恋愛の末に大失恋した時に想うような感じだろう。

「浦田健志 with Rd “J”Band」を好きでいてくれた人(いるかなぁ?)、ありがとう。
ほんとは、この報告をしなきゃと思ってこのホームページを開設したようなものです。
知らなかった人に言っとくけど、ほんとにいいバンドだったんだぜ。