どいつもこいつも・・・

1日に少なくても3回は「ちっ!」と舌打ちをしたくなることが多くて困ります。

「どいつもこいつも・・・」
と唱えるように呟いて、深くため息をもらして・・・
ほんっと疲れます。

オレ、そんな気がしてならないんだけどさ、
「いい男になりたい」とか「いい女になりたい」って思ってる人少ないのかな?
どうなんだろ?
なんでそう思って、そこに向かうことをしないんだろう?って不思議に思うんだよ。
どうなの?

「いい男」「いい女」の価値観ってのはそれぞれ違うかもしれないけど、
進むべき方向ってのはあるんじゃないかな?と思うんだけど。
現状で安心とか満足しちゃってるのかなぁ?
それを察知したり、ヴィジョンを持ってそこに向うといった努力をしない人が多すぎるような気がします。
なんでだろ?
根拠もなく開き直ってる人もいるけど。めっちゃ腹立つし、お話しになりません・・・って感じ。
あと「俺流」なんて何の恥ずかしげもなく言ってる人ね。
「お〜い、どこにも通用してねーぞ〜」みたいな。 ほんっと疲れます。


「いい男」「いい女」って言っても「いい人」ってことじゃないからね。
「カッコイイ」とも解釈によっては違うような気がするし。
そんなもの装えるしさ。
ぶってる「いい人」の胡散臭さなんて暴けるしね。「けっ!」って感じ。

それに対して「いい男」「いい女」というのは“出る”もんだからね。
本人の意に関わらず。
瞬発的な部分に出るね。それは。
逆に「ダメ」な奴も瞬発的に所々露呈するからね。
で、なんでそこで気付いて学習しないんだろう?と。
学習しないから想像力も乏しい。判断力の反射神経も鈍くなる。
はぁ〜・・・たのむよぉ〜。ってなることが多い。


で、もって。そういう努力してない人に限って「自分探し」とか言ってる人が多いんだよなぁ。
「自分探し」とか言ってる人、大嫌いなんだけどさ。オレ。
「おいおい。現在いるお前が“自分”だよ。そこを無視するなよっ」
「で、なにをやってるわけ?」
ってな感じ。
「いつ覚えたの?その流行り言葉」みたいな。


「インドに行ったら自分を見つめられた」
とか言ってる人は一生インドで暮らすことをお勧めする。


恋愛だってある種の“合わせ鏡”だからさ。
「こいつどんな奴とつきあって(きた)んだ?」
なんて思われるのもツライじゃん。開き直るのは簡単だけどさ。
やっぱ「いい男(女)とつきあって(きた)んだろうなぁ」と思われるほうが良くない?
それは現在の自分の評価になるしさ。


あ〜、いいんです。今回の「なんか書く」はただの愚痴です。“愚痴”。
もう「勝手にやってろ」って言うしかなくなるもんね。


じゃ、最後に未発表・未完成の歌の歌詞をいきなり思い出したので書きます。
関連性はないかもしれないけど。

孤独のゲーム

「優しい男(ひと)が好きよ」って優しくなれない女達が主張すりゃ
男達 頼りなさと履き違う優しさ売り歩く

口先で操れる愛情を今夜も探してる
雑誌どおりの言葉も姿も身につけよく似合う

愛されたいんだよ 相手(ひと)に合わせるMy self
寂しさを持ち寄れば 束の間のコミュニケイション
見栄と欲望 ひた隠しのMy face
孤独を繕う 虚しいゲームは終わらない