2002.07.08 大阪

7月7日、D'sey Kazという(アイドル?)ユニットの制作に携わったことからの付き合いで、
D'sey Kazを解散した後、ソロになった尾身和樹のバンド・メンバーとして京都で行なうイヴェントに
出演することが決まっていた。

でも、そのことは今回書きたい事とは別の話しで、どーでもいいと言えばどーでもいい。
オレがチョイスした気の合うバンド・メンバーと旅をして演奏することはもちろん楽しい。
だけどそのセクションでは、オレは「浦田健志」ではなく、単なるバンド・メンバーの「うっくん」なのだ。
そう自覚している。
ま、その中でも多少目立ってしまうのは「浦田健志」の性格上仕方ないのだが・・・。

そのイヴェントは和樹を中心に、かつては某“J”という事務所に在籍していた連中が集まって起こしたイヴェントだったが、
その時の感想を正直に述べたらファンの人から理不尽な攻撃を受ける事にもなりかねないからここでは割愛しよう。
ん!?すでに“時、遅し”か?
どうか、カミソリを送りつけるなら“電気カミソリ”にして下さい。できれば2枚歯の。ジレットとかの。
いや、オレはまだ何も言ってない。セーフだ・・・ろ?

話しを戻そう。

この7月7日のことを、このHP上で告知したのね。
そしたらまもなくメールが来たんだ。大阪に住む人からね。
要約するとこんな内容。

『せっかく京都に来るって聞いて、ちょっと遠いけどこんなことって滅多にないことやから、頑張って行こっかな?
ってちょっと思ったのに…。調べてみたらあれって某“J.Jr”のイベントやってんなぁ〜。
若いこばかりの会場に行く勇気はさすがの私にもナイ!
残念やぁ、ほんまに非常に残念っ!!
今度はバックやなくてちゃんと「浦田健志」で大阪に来てよ、ねっ!』

彼女自身、オレを最後に見たのは1991年の2月に大阪でLIVEをやった時だから約12年前になる。
このHPを作ったことによって再会(?)した1人だ。

元々オレがこのHPを始めようとしたきっかけは、自分のプロモーションの為でも、ましてや仲間作りの為でもなく、
「今は会えなくなった人(ファンや、友達や、かつての恋人や・・・)が、
ふとオレを思い出してくれて検索してくれたら・・・」という想いで始めた。

うれしいことにそういう人が存在してくれた。
「もう何年もLIVEを観てない」という人もザラだし、「CDでしか聴いたことがない」という人もね。
気にしてくれて辿り着いてくれたんだ。

彼女のメールはあらためてその事を思い出させてくれたよね。
そこでひらめいた。
幸いこのHPに来てくれる大阪の人が何人かいるし、“京都に行くついでに大阪でLIVEをやろう!”と。
急なことなので何人来てくれるかわからないけど「とにかくやろう」と。「たとえ3人でも本気で唄える」と。
そして、それは“特別”なことでなくてはいけないと思った。
THANKS的な意味合いでね。“LIVE”というより“MEETING”って感じが強いかな。
プロモーションの為などではなく、入場料などの負担もかけず、誰もが気がねなく浦田健志を観に来て、
オレも全ての人と近くて、その想いの中で長い時間唄える場所。そんな場所はないか?と考えた。
もちろん、オレのギャラなんかいらない。
だからまず、ライヴ・ハウスなどのブッキングは却下した。
どこか貸しきりにできる小さな店がよかったが、大阪に知ってる店などなく貸しきりの条件となると
負担もかかりそうなので、カラオケ・ボックスのパーティールームはどうか?と決めていた。
正直言ってカラオケBOXでの絵を想像してみたらちょっとシビアだったけど、
「場所なんかどこでもいい。来てくれる人のために唄えれば。」という気持ちが勝っていた。

カラオケBOXでLIVE・・・。
ちょっと“落ちた”イメージあるでしょ?“庶民的すぎる”みたいな。そこを心配してくれた人もいた。(ありがとう)
オレは人一倍自分のプライドにこだわる人間だけど、この件に関しては“唄えるプライド”があった。
場所の雰囲気なんて自分で変えればいいと思ってたし。
でも「デュエットとかできるの?」と質問された時にゃ、ちと参ったが・・・。

結局、機材関係の面倒もあって、やる場所はカラオケBOXではなく、
これまたこのHPで知り合った大阪のこごろーという奴が紹介してくれた「串ボウズ」という居酒屋でやることに決めた。
条件も最適だし(店側が提示する“条件”など無かったけど)、最初から写真で見たら店の広さや雰囲気も“ピッ”とくるものがあってね。
ホントはその日、定休日だったんだけど開けてくれることになってね。ポスターまで作ってこころよく協力してくれた。
ホント「串ボウズ」でやってよかったよ。
初めて店に入った瞬間も「ここならいける」と思ったしね。
店長も「友達になれる」と思ったタイプだったし。(実はなかなかいないんだよ、そういう人って。)
(飲み食い代、サービスしてもらっちゃった。あらためてごちそうさまですっ!
そしてお世話になりました。あ、水びたしにしてごめんなさい。)
こごろーには機材類も貸してもらった。感謝してる。

で、LIVE。
そういう場所でやるということで描いていた「リラックスした中での緊張感」「緊張感の中での緩和」。
これは出来たんじゃないかな。(過剰なリラックスもあったな・・・。)
喋りも含めて(同じようなことばかり喋っていたような・・・?)2時間程やった。
オレはなんかその日ずっと胸いっぱいだったよね。

“居酒屋”という場所から想像する騒がしさは無く、オレに対しての温かい空気が充満していた。
そこには、東京から来てくれた人もいれば、前日のイヴェントに来て帰るはずだったのにもう一泊延ばしてくれた人もいたし、
初めてオレの唄を聴く人もいたし、12年ぶりに会った人もいたし、ずーっとファンでいてくれてる人もいたし、
「抜けられない用があって行けません」と言ってたくせに強行に来てくれて何も告げずワインをみやげに置いて
途中で帰った粋な奴もいたし、あとそうそう今回昔のファンリストを引っ張り出して
「住所とか変わっちゃっただろうなぁ」と思いながら、届いても何の気にも留めなかったら無視できるような内容で
関西方面の人にハガキを出したのね。そのハガキでHPにアクセスしてくれて来てくれた人もいた(話しかけろよなぁ〜)。
なんかね、一人一人全員が意志を持って来てくれたような気がする。
そんな中で唄ったのも、もしかしたら初めてかもしれない。
今まで見たこともない浦田健志もそこにはいたな。
まるでそれはピーナッツの殻の中、1個はオレで、もう1個はお客さんでって感じで運命共同体的な一体感があったな。
ある種の達成感もあったな。
オレの感情を昂ぶらせるのに充分な、温かいような柔らかいような“目線”をずっと感じてた。


オレはホントに“弾き語り”が苦手だし、ギターだって“弦楽器”ではなく“打楽器”だし、
普段から「なんか唄ってよ」とか言われても簡単に唄えるようなタイプじゃないのね。
あいまいにお茶を濁してお断りすることが多いのね。
そこには「じゃあ、お前何屋だよ?電気屋?じゃあパソコンくれよっ」みたいな「安くない」というプライドもあれば、
「照れ」というものも大きい。
ホントに求められてると感じれば唄うけど。あとは“勢い”か?

最初から最後まで全部一人きりでやるのは初めてのことで、戸惑いもあり
「もうちょっと練習しとけばよかったな〜」というのもあったけど、
オレはとっても幸せだった。
ホントうれしかった。
やってよかったよ。
「こういうことをやれるオレっていいな」って思ったしね。
きっとこのストーリーは一生の思い出になるだろうな。

君も思ってくれるかい?ピーナッツ。



LIVEの写真とセットリストはこちら。



しかしだ。
「FRIDAY」を見た人じゃないとわからない話しだけど、白石美帆にはがっかりした。
薄々は気付いていたが、芸能人には“理想”は見出せないな。
ましてや“女を売りにする”タイプの芸能人には。(そういう人を気に入ったりするのだが)
やっぱオレは過去は無視できないちっぽけな男さ。さよなら美帆。
君は頼む!吉岡の方の美穂!