「殺気」を持つ男

実のところ私はよく他人に「恐い」と言われる。または思われている。
タレ目で“いたずらっこ”の顔をもってしてもだ。

先日もある“不良中年”にも言われた。(あなたのほうが恐いっつーの。酔うと。)
この人は私が観察するところ、常に優しさという視点を持ちつつ鋭く正当な観察眼を持った人だ。
「浦ちゃんって恐いよね」そう言った。酒飲んで騒いでる席でだ。
その人によると私は「“恐い”というか、“恐い”オーラを発してる」と言う。
別に私は威張り散らしているわけでも、高圧的なわけでも、年中“ガン”を飛ばしてるわけでも、
ドスをきかしてるわけでも、ましてやいつも怒っているわけではない。
どっちかというと、常に笑いになるネタを考えている“お笑い野郎”だ。

自分で言うのもなんですが・・・コホン(軽く咳ばらい)、
せっかくの“優しさ”も、その“恐いオーラ”によって打ち消されることもしばしば感じるから、
私にとってこのことは些細な悩みでもある。
と同時に、なんとなくわかるから・・・しょうがない。

しかし、私のそんな些細な悩みを吹き飛ばしてくれ、
「やっぱ、これでいいんだよな」と、自信が持てるようなコラムに会った。
週刊朝日に連載されている近藤サト氏の「女と男のラプソディー」(2002.2.15号)だ。
近藤サト氏に対しては、常日頃から「頭が良くて、“凛”としてて、そして紛れもなく“女”」という好印象を持っている。

タイトルは、『いまどき、まれな「殺気」を持つ男』
全文を載せるわけにはいかないし、ちょっと長いので抜粋する。

私の敬愛する脚本家のN先生は、80歳を超えてなお、厳然と目的を持って人生を歩んでおられる。
そのN先生と電車に乗っていたときのこと。目的地で降りようとすると、ホームから小学生くらいの子供が、
流れに逆らって乗りこもうとしてきた。
すると、N先生は、正面から子供の両肩をつかんで、ホームに押し戻しながら、「降りる人が先だ」と、
まるで大人に言うかのようにいさめた。
子供はびっくりした様子で、すぐに目をそらして引き下がった。

いや、いまさら、電車のマナーの悪い人のことを云々言うつもりはない。
子供以上に恥を知らない大人は、まだまだいる。
しかし、自覚がないのだから、恥をかかせるほか仕方がない。

それよりも、私はN先生の言動に、自信に満ちた厳しさと強さを感じたのだ。
あのとき注意された、ちょっと生意気そうな子供は、なぜ簡単に引き下がったのだろう。
それを考えたとき、先生が、ふと見せる不思議な雰囲気の答えが出た気がした。
子供は、言われたことの正当性を理解して引き下がったのではなく、N先生の「殺気」に怖気づいたのだ。
真剣な強さに太刀打ちできなかったのである。

いつの時代も、「いい男」というのはいる。しかし、殺気を持つ男は、今は少ない。
殺気と言っても、何かの命を奪う行為の際の気合ではない。
究極的にはその逆で、人が戦意を喪失して、凍りついてしまうほどの鋭い気のことだろうと思う。

-中略-

ただ、N先生は、自分を押し殺したり、律したりすることができる人である。
自分を抑え込める人間というのは、他人に対しても強い。
もちろん、人間らしく、女性には見えも張るし、自慢もする。好々爺でもある。
しかし、決して譲らないのは、「強さの美学」であるように思う。
最近は、マスコミに扇動されているのか、ちょっと男の弱さを肯定しすぎるような気がする。
男性はみなマザコンであるとか、男性はもともとロマンチストであるとか、
実際、女性のほうが丈夫にできている、などなど。
だいたい、そのとおりだと私も思うから、否定はしないが、それに甘んじてほしくないと思う。
「男は弱いもの」というのは、女性が心の中で思いたいことであって、
「僕だって弱いよ」と言われてしまうと、もはや、女は母になるしかなくなってしまうのである。
先ほどから、男性のことばかり責めているようだが、女性も、男性の色気を判断する視点として、
流行の癒しや憂い、しなやかさだけでなく、「殺気」を持っているかを見るといいと思う。

ところで先日、N先生が足をけがされた。
ちょうど、近々ある会にご招待していたので、来ていただけるか伺ったところ、
杖をついている姿など絶対見せられないからと、きっぱりご辞退された。

レイモンド・チャンドラーの有名なセリフに
「男は強くなければ生きていけない、優しくなければ生きる資格がない」
というのがあり、私も生きる上での指針となっている言葉だが、突き詰めれば“殺気”とはこういうことかもしれない。
そして私は“強い”と“優しさ”はほぼ同義語だと捉えている。
「強い人間が優しくなれる。優しい人間だけが強くなれる」って風にね。

そう。私が目指す道のひとつはここにある。
もし、私が言われる、または思われる“恐い”がここでの“殺気”に似たようなものであったならうれしい。


と思い、先日私の理解者でもあり、私のことをよく見知っている友人に突然聞いてみた。しかも会った途端。
オレ「なあ、オレって殺気あるだろ?」
奴は固まった。「なに言ってんの?こいつ・・・」みたいな感じ。
友人「いや・・・、そりゃあるけれどもぉ・・・・・・」
オレ「な。だろ?やっぱりなぁ〜」とオレ、ニンマリ。
友人「だけど、そういうこと自分で言わない方がいいんじゃないの・・・?」

“自分で言ってしまう” そう、私の悪い癖だ。


最近、100円ショップに凝っているオレ。こんな庶民派に“殺気”はあるのか?
ま、あとはこれからの生きかた次第だな。