南下さん


白木に生成りの布をあしらった南国コテージ風のライブレストラン。


そこに「坂西さん」がいた。
ウェイターとして働いていた。

だけど名札は「南下」さん。
しかし、姿も仕草も纏う気配からしても、それはどうみても「坂西さん」。


死んだはずの「坂西さん」。
生きていた。


オレは、同席している「◯さん」に訴えかけるように尋ねた。

「◯さん!知ってたんですか⁉」

しかし、◯さんも当惑顔。

◯さんは言った。
「あいつ、いつだったか『すべてをリセットして、違う自分を生きてみたい』なんて言ってたことがあったなぁ…」

(この「◯さん」は、音楽業界の重鎮であり、「坂西さん」の元上司。
因みに、オレの上司だった頃もある。もちろん、上の上の上の方。
坂西さんは、亡くなる前に「◯さんには葬式が終わるまで言うな」と家族に告げていたらしい。
たぶん、◯さんが知ったら音楽業界を上げての心配とお見舞い、
そして盛大な葬式になってしまうということへの配慮だろう。
坂西さんは、それに値する人だったから)



とにかく、「南下さん」は「坂西さん」に違いない。
坂西さんを知っている同じテーブルにいる誰もが、それを疑わなかった。
だけど「坂西さん」は、
オレたちのテーブルに来た時でさえオレたちに仕事以上の愛想をくれようともせず淡々と業務をこなし、
そしてオレたちも「南下さん」にそれを問いかけることはしなかった。
(たぶん、お互いの『ダンディズム』みたいなところを尊重したんだろう)


大好きだったオレのアニキ「坂西さん」いや「イサクさん」が生きていた。


やがてライブが始まる。

「はい、そこー。さがってくださーい」

「坂西さん」は、ステージと客席を隔てる柵の間で、客に向けて混乱のないように注意を促している。

オレたちは「坂西さん」の様子がよく見えるステージ前に陣取った。
生きていた「坂西さん」を見ながらオレは泣いていた。
大量に溢れてくる涙を零れるままにさせて。


そのとき、「坂西さん」は業務をこなす流れの中でオレの前にやってきて、
柵に手をかけていたオレの手をポンっと叩いた。

オレを見ることなく自然な動作の流れで。だけどしっかりと。
まるで秘密の合図をするかのように。


それでオレは、声をあげて号泣した。


声をあげて、泣きながら夢から目覚めた。