「おまえ、それはだめだよ〜」

と、思わず言いに行きたくなる光景がある。

それは、中高校生あたり(の男子)が楽器店で、今まさにギターを購入しようとしてる光景。親と一緒に。


言いに行ったことはないが、大抵、事の成り行きが気になって観察してるオレがいる。

「おまえ、それはロックじゃないんじゃないの!?」と言いたくなる。
ブツブツ呟いていることもある。

そういうのはさ、自分で手にしないと。
もっと言うなら、親に内緒で買ってくるぐらいのことをしないと。


どういう人生を歩むのかは知らないけれど、
ギターを手にした瞬間から、その後がある自分のストーリーが始まってるかもしれないんだから。
そこはさ、自己プロデュースしないと。(ま、その年じゃまだムリか?)

親に金を出してもらう、それはギリギリ許そう。でも、一緒に行っちゃだめ!
そこにはストーリーもメッセージがないから!

ま、別にロックじゃない人はいいのかもしれないけど。


この前もさ、近所の駅でストリートやってる中高校生あたりがGibsonのJ-45持ってんのよ。
20万くらいのやつ。しかも新品。ケースなんてピッカピカ。
「ありえねー!」と思ったよ。

しかも、“ゆず”やってんのよ。

なんだか、あったまきたよ。


「んで、ゆずかよっ!」みたいな。


カツアゲしたろーか?」みたいな。

「お前の母親、紹介しろっ!」みたいな。




最初にギターを買った時のことは覚えてる。
もう30年くらい前。
その店(近所の伊勢丹)の、どの位置に立てかけてあったのかさえ鮮明に覚えてる。

買う日まで、何度も何度もそれを見に行った。
「あー、今日もまだあった。売れてない。よかったー!」って感じ。


それでも、それを買う日まで「ほんとに買っていいものだろうか?」なんて悩んだりもした。
「そんなもの買って、どうなるんだろ?」なんて。
まだ野球に対して情熱は残ってたから、「野球はどうなる?」なんて、あれこれ悩んだ。

だから「買う!」と決めてからも、時間は経った。


きっと1人じゃ踏ん切りがつかなかったからなのか、一緒に盛り上がっていた井上と2人で買いに行った。

井上、こいつの家でよくエロ本を見ていたのだが、
ある時、井上家にある、お気に入りのエロ本を「今日も見るぞー」と張り切って本棚の奥から探して見てたら、
裏表紙にオレの名前が書いてあった。でかでかとマジックで。
教科書や持ち物に名前を書くが如く。

井上は、親に見つかった時の予防線でオレの名前を書いたのだ。

普通、エロ本に書くか?名前を。

でも、めっちゃ、お前の筆跡だったぞ。
詰めが甘いな。



で、買った。
ウェストミンスター社(今はもうないほど、グレードは低い)のレスポール。
3万円(アンプ付き)。


友達は、「こんなもんにしとくか」ぐらいのこだわりがない感じで、その店にあった一番安かった16000円の、
ギター雑誌には載ってないようなメーカー、
そして「なに?これってストラトでいいの?」って感じの微妙な形をしたギターを買ったが、オレはこだわった。

絶対にレスポールでなければならなかった。
ギターを何度も何度も見に行ったと同時に、レコード屋に貼ってあるレスポールを弾くジミー・ペイジのポスターも
何度となく見に行っては「かっちょい〜!」と憧れていたから。
「変な風に思われてるか?」と自覚するまで、長い時間ポスターを見上げていた。

ま、しかし、ジミー・ペイジに憧れたワリには、LED ZEPPELINは全然聴かなかったのだが。

この画像ではなかったが、こんな感じ。




そして、サンバースト(色)のレスポールを手に入れた。

2万3000円のもあったのだが、
「ずっと弾いていくんだから(その時点では、そう覚悟していた)」
「オレはお前(友達)とは違い、ギター人生を本格的に歩んでいくんだから」
などと思い、
「ちょっとでもいいものを」と、3万円のを決死の覚悟で買った


実際、ギター的にその7000円の差は、よくわからなかったけど、
2万3000円のは白いピックガードだったが、3万円のはクリーム色でイカしてた。
当時の3万なんて、ほんとに決死の覚悟だったんだから。

もちろん、自分で溜めた金で。
きっと、おねだりしたら買ってくれたのかもしれないけど、その反面「反対されたら終わりだ」という思いもあった。
フォーク・ギターならまだしも、“不良が持つ” “音がうるさい” ロックなエレキ・ギターだったから。

そうじゃなくても、親を連れてって買いに行くなんて、かっこ悪いと思ってた。
ましてや、エレキ・ギターを、だ。


そのギターはこちら。


意味もなく、用もないのに、ギターを抱えて近所の駅付近を歩いた。
自分が“特別な人間”になった気がした。



そのギターは、改造(自分で)を重ねバラバラになってどこかに眠っている。


浜田省吾の歌にある。
“15の時 通りのショーウィンドウに飾ってあったギターを見た時
稲妻が俺の体 駆け抜け 全ての夢が走り出し”

まさに、それだった。



ね、こんなストーリーを語れるわけだから。