端午の節句

家の五月人形を見た。
ほぼ40年振りかもしれない。

年中、大掃除をしてるような母親が、“干す”というので押入れの中から出してきた。
記憶はあったけど、その大半はきっと写真の中のものだろう。

それらは、とても40数年前のものとは思えないほど綺麗な状態だった。
(その間、何回かは出して天日に晒してたみたいだけど)

「これは、おじいちゃんが買ってくれて」
「これは、たしか玉木さん(おじさん)が買ってくれたんじゃなかったかなぁ?」
などと母親が説明してくれた。


母親は、息子のオレとは違い、いとも簡単にモノを捨てられる性分みたいで、
状態によっては全部捨てるつもりだったみたいだ。

オレとしては、それは寂しく思い、「全部捨てることはないんじゃない?」と進言したのです。

状態が良くてホッとしたんだけど、少し錆びてるスタンドや「形が古い」と判断した小物は「捨てる」と半ば言い張るので、従った。

捨てられるモノたちを見て指で触りながら、ちょっと寂しくなったのと同時に、感謝した。



「端午の節句」の意味を調べてみたら、
“端午(たんご)は5月5日に、男子の健やかな成長を祝い、祈る日本の風習” と載っていた。

おじいちゃん、おばあちゃん、おじさん、おばさん、父・英雄、母・アサ子。
きっと、そんな風に見守られて育ってきたんだろうな。

いつか、その人達も全員いなくなる。
(おじいちゃん、おばあちゃん、おじさん2人は、もういない)
一生、何らかの形で持っていようと思う。





5歳の時の端午の節句。



どうやら、兜はお気に入りだったようで、“おままごとゴッコ”中でも被っていた。
“被りもの好き”は変らない。

しかもウケを狙った“お茶目被り”だ。



ちなみに、この野球のユニフォーム。
別にまだ野球を一生懸命やってたわけでもない頃。
「巨人の星」の星飛雄馬(ほし ひゅうま・背番号16)に憧れて欲しがったんだろう。
(ちなみにオレは、中一の時、野球部だったので「飛雄馬」と呼ばれていた)

“おままごとゴッコ”中のお父さん役の中でも着たいほど、お気に入りだったのだろう。
“コスプレ好き”も変らないのだ。