そのにのに

と、いうことで親父を病院に送るため、迎えに行った。

予告どおり、背負って階段を降りたよ。
そりゃオレだって照れくさい。だから、「乗れっ」と有無を言わさず背中を向けた。
「大丈夫だよ」と言いかけたけど、「いいからっ」と有無を言わさぬ態度で。

昔から痩せ型だったので、その“楽さ”はそんなに意外ではなかった。

“こんなに軽いのか・・・ちょっと切なくなった。”
とでも書けば、もっとありきたりな“親子の切なさ”みたいなのを醸し出せたのだろうけど。

ま、階段だったので「落としたらシャレにならないぞ〜」というのが先に立ったな。

だけど、「これが最後かもな」という感慨はあった。


車に乗ると「かっこいい車乗ってるじゃん」の後に、「イケメンの乗る車か?」と、特に面白くもないジョーク。
「見りゃわかんだろ」とオレ。


そして病院。
待合室で健康の話しになった。
「内臓は丈夫なのか?」との問いに「どこも悪くないけど、胃腸系はそんなに強い方ではないかもな」と答えた。
「そりゃ、遺伝だ。俺も胃腸は弱いもん」と親父。
“遺伝”という言葉を言った時、ちょっと照れながら嬉しそうな顔をしていたような気がした。

初めて聞いた話もあった。
以前、親父が入院した時のこと。
輸血のタンクに「A型」と記されていたという。
それに気付いた親父が看護士さんに言った。
「俺、ABだけど、A型でいいの?」
その言葉に看護士さんは「えっ!」と驚いて調べに行った。
そしたら「浦田さん、A型ですよ」と言われたって。
50何年間、AB型だと思ってたんだってさ。

オレも、父AB、母O、オレABと聞いていた。
高校生の時、献血をしてA型だと判明した。
家に帰って「A型だったよ」と言ったら親は驚いてた。

そんな話しもした。


足の具合は、昨日の痛みも薄らぎ、あと1週間ぐらいギプスで固めとけば大丈夫らしい。
松葉杖も「こんなのカッコ悪いから、もういらねーや」ということで返却することにした。

受付で返却する時「昨日渡した書類はありますか?」と職員。
「いやぁ〜、昨日は痛く痛くてしょうがなくて・・・」と親父。
すかさず「要するに忘れたってことなんですけどね」とオレ。

親父も一言多いタイプである。



病院を終え、「お茶でも飲もう」と誘われ、雨の中、相々傘で腕を支えながら喫茶店まで歩いた。

コーヒーをブラックで飲むオレに関心してた。
「砂糖入りは缶コーヒーぐらいかな」とオレ。
「缶コーヒーは甘すぎるよ」と親父。
それを受けて「いや、オレも一応、糖尿病のことは気にしてるけどね。あれは遺伝だから」とオレ。
親父は糖尿病である。

今度はオレが“遺伝”という言葉を使ったとき、親父はさっきと同じ表情をしていた。



喫茶店を出て、再び親父の家へと送る車の中、親父が言った。
「健志も“篠田”になったのか・・・」と。
「あったりめーじゃんかっ」とオレ。



登りの階段では背負わなかった。
右肩を貸しただけだ。


別れて自分の部屋に向かう車中、「遠くまで手を振るように」を口ずさんだ。
ちょっと泣けた。