愛情表現

この前、地元の駅でばったり親父に会った。
親父とは年に1回くらいばったり地元の町中で会う。

いつもそうだが、「(お袋は)元気か?」「(お前は)がんばってるか?」「(親父)元気そうじゃん」
くらいの二言三言で別れる。目を合わす時間は少ない。なぜか照れる。お互い。
(でも往来で「たーちゃん」と呼ぶのはやめてくれ〜。)

元来「浦田家」は照れ屋の集団なのだ。
照れ屋といっても“おとなしい”タイプではない。誰1人として。
オレと親父は、おちゃらけるのが好きで、それをお袋が笑いで応える。
そんな友達のようにいつもにぎやかで自由な家庭だっただけに、
いざ少しでもマトモな場面になるとそれぞれに照れが入るのがわかる。

「おやすみ〜」「行ってきま〜す」これらの基本的な挨拶に照れが入る。
「おはよ〜」と言って寝たり、「ただいま〜」と言って出かけたりする。(アホ家族か?)

料理好きのお袋が新しいメニューを作って「どう?」と聞かれ、本当はおいしいのに「普通」とそっけなく答える。
「お前には作る張り合いがない」とよく言われる。でも最後まで食べる。

そしてなんでも最後は笑いでごまかす。(これ、お袋が親父によく言ってたっけ。)
それでもオレが遠足とか行く時は、ず〜っと遠くになって振りかえってもまだ2人で手を振っていたりする。
まるで今生の別れみたいにね。


お袋はそうでもなかったけど、親父とオレは特に照れ屋だった。
母親が旅行に行ってるから、息子がまだ帰ってきてない親父のために布団を敷いといてあげる。
これ、普通でしょ?
何年も経って離婚した後お袋から聞いた話しでは、
親父はそのことをお袋に報告しながら泣いていたらしい。
「俺のために敷いてくれた」ってうれし泣きしてたらしい。
そんなことが何度もあったらしい。
親父はオレにはそんなこと一言も言わないけど。


離婚して「浦田家」は、お袋とオレ2人の「篠田家」になった。
親父がいなくなって今度はお袋とオレが照れ合ってる。
でもよくお袋の知り合いには「自慢の息子だからねぇ」とか言われるからオレの話しをしてるんだろう。
うれしそうに話してる顔は想像できる。
もちろんお袋もそんなことオレにはおくびにも出さない。


例えば親戚で集まった時などに、酒が入って親父の話しが出るとお袋はよくしみじみ言う。
「あの人はホントに優しい人なんだから」って。

親父もオレの部屋に来て何回か言ったことがある。
「あいつはいい女なんだぞ」って。

たぶんお互いのいるところでは言えっこないだろう。
オレも「おうっ」としか応えないけど。
なんせ照れ屋の集団なんだから。

だいたい愛情表現が不器用なのよ。(だから離婚したってわけじゃないが。)
こんな家庭に育ったオレが愛情表現がうまいはずはない。
そこでつまづく人もいるだろう。男女にかかわらず。失敗はいくつもある。


「ケミストリー」だか「ゴスペラーズ」だかが
“「愛してる」って最近言わなくなったのは、あなたを本気で愛し始めたから”
なんて歌があったじゃない?
その部分で“グッ”ときてるようじゃダメよ。
愛してないのに「愛してる」って手管的に言えるような男なんだから。疑いなさいよ。
一応言っておくけど、オレが連発するそれとは種類が違うからね。オレのは手管じゃないから。
それに愛してたって、マジに言えるような環境で育ってないから冗談に聞こえるようにしか言えないし、
逆にそっけないポーズをとってしまうわけよ。
そこらへんご理解していただけるとありがたいわけで・・・。
好都合の時もあるわけで・・・。ササッ(隠れる音)
とにかく好きでもない奴には言わないし。


でもね、昔オレが家でなにかの探し物をしてた時に、
親父がお袋宛に書いた“ラヴレター”みたいなものを発見しちゃったことがあるんだ。
けっこう素直なのね。絵なんか書いちゃったりしちゃってさ。
船の絵で帆に「アサ子丸」なんか書いたりしちゃってさ。
「けっこうやるじゃん」って思ったよ。
面と向かっては言えないけどそういうところではちゃんと愛情表現を出来てたんだね。
オレも歌があって良かったよ。






「好きです。」「愛してます。」