或る日のレッドシューズにて。

この日も1人で、カウンターのいつもの決まった席で飲んでいた。
ほどなくして、スタッフがオレに言う。
「健志さん、退屈らしいんでよかったら一緒に飲んでやってくださいよ。」
そして、ちょっと離れて座っていた1人の女子を紹介する。

でも実はこう見えて(どう見えてる?)意外と初対面の女子と話すのは苦手である。
しかし、無碍に断ることもしないので隣に座ってもらった。

彼女はこの店には初めて来たという。
この店の存在は知っていたという。
そして彼女は誰かを待っているという。
正確に言うと、誰かを待つために朝を待っているという。
彼氏だ。
彼氏がホストかなんかで、彼の仕事が終わって家に戻るのを待っているという。


「なんだよ。彼に会うまでの暇つぶしになんか付き合っちゃいられねーな」
オレは思っただろう。

ぎこちなくも会話が進むうち、彼女は“事情”ってやつを話しだす。

1.実は1週間前(だったかな?)に、彼との間に出来た子供を堕ろした。
2.費用は出してもらったけど、それ以降会ってくれない。
3.電話をしても出てくれない。
とのこと。

まだ携帯電話もそんなに普及してない頃の話だ。

そして今夜、朝を待って彼氏の部屋に行くつもりらしい。
そのために時間をつぶしてる。
とのこと。

ん〜、ディープな話しだ。
彼が帰宅する予想時間を聞き、それ以降は他愛もない話をしていたと思う。

そして朝まで付き合った。
「じゃ、彼の家まで車で乗っけてってあげるよ」と促す。
場所は「レッドシューズ」から車で10分程。
彼氏の家に向かう路地のちょっと手前、大通り沿いに車を止めた。

「じゃ、がんばれよ」かなんか言ったと思う。
ほぼ100万$の笑顔で。

しかし、彼女は動かない。

「どした?」と、オレ。
「やっぱりやめる。きっと又、追い返される」と彼女。

何日か前にも会いに行ったけど、ドアも開けてくれずに、すげなく追い返されたらしい。

半分、“だだ”をこね始める。

「じゃあ、とりあえず行ってみて、居なかったり、又追い返されたら戻ってきなよ。
30分くらいは待ってるから」と説得。

彼女の“だだ”も多少おさまり、行く決心をしてくれたよう。
車を降りる時、彼女がオレに言った。

「キスして」

「なんでや?」とオレは思った。

だが、そんな議論をしている場合ではないし、
そしてオレの貧乏くさいスケベ心が顔を出したなんてことは断じてないが、、、した。
右脳あたりに。
彼女の決心の勇気づけになるならいい。と思って。

ただ、彼女はしっかり目を閉じて、口は半開きだったが。


そして送り出し、約束通り待った。

10分も経たない内に彼女は戻ってきた。
やはり追い返されたという。

「じゃ、家まで送るよ」ということになる。
朝っぱら、オレには関係ないことで泣いてる女子を隣に座らせて走るのは、ちと困りものだったが。

彼女の家は、そこから30分かからないところ。
付近に着く。
彼女、言う。
「まだ帰りたくない」
まだ・・・って。もう朝なのに。

普段だったら、どんなに“おいしそう”な状況だったとしても、
「あー、めんどくせー」と思って、無理矢理にでも降ろして帰る。
“朝になったら家に帰りたい”という欲求は強い性質だし、
そんなにガツガツしてないし、朝日を浴びた途端、夜の魔法は解けるのだ。

だが、彼女は身も心も傷つきまくってる身である。
「このまま自殺なんぞされたら・・・」なんて、ネガティブな考えももたげてくる。

そう、“ネガティブ”。みんなが嫌いな“ネガティブ”。
オレが何度も言ってる“ネガティブ”。
でも、こういう時の“ネガティブ”は悪くないだろ?
“ネガティブ”を画一的に“ネガティブ”な観念で捉えるから、
“ネガティブ”は“ネガティブ”な観念でしかないんだね。
要は使い様。
「ネガティブ」と「ペシミスト」、「ポジティブ」と「オプティミスト」は似て否なるもののように。


話がずれた。修正。

とにかく、ちょっとは落ち着かせて帰らせようと思い、近所にある大きな公園に行き、
車の中で話しをしたり散歩したりすることにした。
なるべく“傷”の部分には触れず、他愛も無い話をしながら。
オレはとにかく家に帰りたかったのだが・・・。
なんせ、この時間帯だと家まで1時間半はかかる予想なのだ。

なんとなく落ち着いたようだったから車に戻り、当然彼女の家の近くで別れるつもりだったが、
「まだ、帰りたくない」らしい。

夜の繋がりの朝っぱらのこんな時間に「帰りたくない」ってことは・・・。
行き着く先は普通、“秘密の小部屋”である。
ピクニックに行く気分には中々ならない。

しかーし!さっきも書いたように、オレの夜の魔法は完璧に解けている。
不埒な欲求など微塵もおきない。とにかく帰りたい。(家が好きなのだ)
しかーも!第一に彼女は堕ろしたばっかの身体だ。

んなもん、できるかーーーーーっ!


だが、何故だか忘れたけど、オレの家まで来ることになった。
何故か?それは彼女が可愛かったから、、、ではない。
救護です。もちろん。
ま、行きがかり上だったのだろう。


ようやく家に着き、オレ愛用のエルメスかなんかの高級スウェット上下を貸して、寝るのを促した。
「夜、用があるから」と夕方の適当な時間に目覚ましをセットして寝るだけだ。
彼女はオレのベッド。オレはコタツで。(そうだ、あれは冬だったな。)
「予定がある」ってのは嘘だったけど。

ちょっと時間が過ぎた頃「こっちへ来ていいよ」と彼女は言った。
「ねえ、来て」とも。
どっちかといえば甘いトーンで。

しかし、オレはキッパリと「いや、いい」と言い、眠りに入った。
オレって、超Coooooooool !!!


目覚ましどおりに起きる。
彼女を最寄の駅まで送り、電車に乗るのを見届けた。
ドアが閉まり際、「電話するね」という仕草をしたけど、電車が走り去った後で気づいた。
そういえば、電話番号なんて聞かなかった、と。
そして、忘れただけかもしれないけど、名前さえも。


それ以来、彼女と会うことはなかった。
「レッドシューズ」のスタッフから、「この前の子が来てるよ」と1度だけ留守電にメッセージが
入ってたことがあったけど、行かなかった。
彼女が来た際、オレのことには触れなかったという。

それ以来「レッドシューズ」には1度も来なかった。


今、思い返してみると、“不思議ちゃん”である。

彼の家に行く前に、馴染みでもないバーに飲みに来てる状況。
初めて会った、見ず知らずのオレに、そんな大それたことを告白した状況。
もしかしたら自暴自棄になってたのかもしれないけど、悲壮感は漂ってなかったと思う。
そして、この流れの出来事・・・。


ひとつの仮説を立ててみる。
もしかして、全てが彼女の“アバンチュール”目的の小芝居だとしたら?
オレはみごとに嵌められた。
しかし、オレは彼女の“女”としてのプライドを踏みにじったのかもしれない。

もし、そうだとしても「くっそー!損したぜ」とは思わない。
嘘だとわかったとしても、彼女の小芝居が解除されない限り、
その“告白”を聞いてしまったからには、できねー。

情にほだされて、もしくはそれを操ってなんて、“男がすたる”ってもんだ。
“据え膳食わぬは男の恥”だとしても、それは“据え膳さん”に“恥”と認定されるだけである。

逆に、(嘘だとしても)弱ってる女子を、そこに乗じて組み敷くなんて、“オレの中の男に恥”なのだ。
“卑怯”の部類にも入るのだ。
ひどいことはしてきたけど、卑怯なことはしたくないのだ。

可愛かったとしても・・・。

「なんだかんだ言っても女は弱いもの」と、どっかで思ってなきゃ、男は強くいられないじゃんか。
好きな女を守れないじゃんか。



もしかしたら、これを読んだ方の中には、
「それって、いつの話?」「私と付き合ってた時の話?」「聞いてない!」
と、怒り心頭になられている方もいらっしゃるかもしれませんが、
これは“人命救護”です!

目の前で人工呼吸を要してる人がいて、それを施す。
それを「キスした!」と、誰が責めようか?

そういうことである。

可愛かったとしても・・・。