レッドシューズ

“カフェバー”というブームを感じのは高校生の終わり頃だったろうか。
喫茶店でもなく、カウンターの向こう側に棒タイをした“バーテン暦30年”というようなおじさんがいるわけでもなく、
カラオケが置いてあるわけでもなく、居酒屋みたいにワーワー騒ぎながら飲むところでもなく。

イメージとしては、おしゃれな若者が1人ででもカジュアルに飲める場所。
それは、いわゆる“トレンド”の最先端だった。

千葉に住んでいたけれど、日曜日の度に“トーキョー”、
そして日本の外国・福生、その基地内にまで1人で遊びに行ってた、
“文化”に対して好奇心旺盛だったオレは行動に出る。

1人で“カフェバー”に行くのだ。
そう、絶対に1人でなくてはいけない。
それが“トレンディー”なのだから。
そんな場所に1人じゃ行く勇気がないからって「みんなで行こうよ〜」なんて
友達と申し合わせて連れ立って行ったら“ださい”のである。

酒を飲むということに対してのためらいはなかった。
なんせ、学校帰りに制服のままカラオケスナックに行ったこともあるし、
当時流行ってた“ノーパン喫茶”にだって行ったこともあるような、とんでもない高校生だったのだ。

でもそれは所詮、“赤信号みんなで渡れば恐くない”的な行動だ。
1人で酒を飲みに行くなんて経験はなかった。
しかも、おしゃれな“カフェバー”である。

場所は六本木。
当時も現在も有名な「Charleston Cafe」というところ。
場所だけは知っていた。

いざ意気込んで行ってはみたものの、なかなか入る勇気が無く、
様子を伺いながら何度も店の周りをウロウロしたっけ。

「このままではオレは“ださい”男になる!」

決死にも似た覚悟で入店。
アタフタしたりキョロキョロしてはいけない。
田舎者のガキんちょだと思われてナメられてはならない。ハッタリは必要だった。
カウンターにまっすぐ向かい、腰を下ろした。

気取ったようなバーテンダーが近寄る。
そして、すかさずオーダー。
酒なんてビールとウィスキーぐらいしか知らなかったけど、
そんな“おっさん”が頼むようなものを注文してはならない。
なんたって、“おしゃれなカフェバー”なのだから。
しかも六本木だ。

オレは雑誌の広告で知っていたものをオーダーすることに決めていた。
それは“おしゃれなカフェバー”に相応しいような広告だったし、
見たことの無いおしゃれな形の外国のボトルだったから、“間違いない”と睨んでいたのだ。

「ペリエ」

自信を持って注文した。
多少、低い声で言ったかもしれない。

家には置いてない、逆二等辺三角形の形をした“おしゃれ”なグラスにバーテンダーが注いでくれた。

一口、口に含む。
初めて飲む。

「ん?なんだこりゃ?」
「味がしない」

きっと顔に出たんだろう。

バーテンダーがオレに言う。
「ライムでも搾りましょうか?」

「あ・・・お願いします」
多少、声が裏返ったかもしれない。

ライムを搾っても劇的な変化は無い。
そして、なんとなく気づく。

「これは酒ではない・・・。」

もしかしたら、バーテンダーにも気づかれたかもしれない。
「こいつ、知らないでオーダーしやがったな?」と。

ちょっと足元を見られた感もあり、無知だった恥ずかし感もあったので、たった1杯で引き上げた。
時間にしたら20分にも満たなかったかもしれない。

あとでわかったのだが、「ペリエ」は単なる微炭酸水だったのだ。


これが“カフェバー”デビュー。
成長の扉を蹴り開けたのだ。
情けなかったとしても。



「歴史は夜つくられる」という言葉がある。
かつて、西麻布に「レッドシューズ」というバーがあった。
今はもうない。
“カフェバー”の先駆けでもあり、今や伝説のバーとしても有名である。

あの頃の「レッドシューズ」での出来事は、オレの歴史の中に確実に刻まれている。

初めて足を踏み入れたのは21か22の頃。
レコード会社でバイトしてたので、誰かのライヴの打ち上げの流れかなんかで連れて行ってもらったんだと思う。

「ガキんちょが来るところではないなぁ〜」という雰囲気が漂ってたな。

“カフェバー”初体験から、他の店にも何件か行ったけれど、それまでの“カフェバー”というイメージとは違ってた。

よくあるような“カフェバー”というと、どこかゴージャスだったりしたんだよね。
金(メッキ)が施されてたりね。
もしくはトロピカルな感じか。
おぼっちゃん大学生が出入りしてるって感じではなく、もうちょっと大人の匂いがした。


スタッフは黒スーツに蝶ネクタイという出で立ちなんだけど、
ディスコの黒服のにーちゃんの、「カッコイイだろ?俺」ってな張り切ってカッコつけてる田舎くささというか、
野暮ったさとも違ってたし、ホテルのラウンジのキチンとしすぎたそれとも違う。
“ちゃらちゃら”でも“キチン”でもなく、“ちゃんとしてる”という表現が一番しっくりくる。
それでいてフレンドリーでもあった。

店も“洗練”なんだろうけど、危険な匂いもあった。
ある種、“秘密クラブ”みたいな。

実際問題、一見さんは入りにくかっただろうな。


きっと初めて行った時に気に入ったんだろう。
その後、「レッドシューズ」には足げく通うことになる。

西麻布という場所は、今でこそ六本木ヒルズが近くにあったり、
流行のクラブ(おねえちゃんがお酌しない方)が軒並みできたりして深夜まで賑わっているけど、
当時は知る人ぞ知るってな場所で、夜なんて都会の真ん中にありながら静かな場所だった。
ちょっと渋い“大人”の街だったね。

西麻布の交差点から六本木通りの坂道をちょっとあがり、
舗道から直接延びる階段を数段下りて黒くて重い鉄の扉を開ける。
目の前に広がる赤と黒を施した広い空間。スタッフが迎える。
その瞬間、夜が始まって、“何かがある”感じがしてた。

この店には、いろんなジャンルのアーティストが集まっててね。海外の有名ミュージシャンもよく来てた。
“有名人”がしこたま酔っ払ってたり、“芸能人”の誰と誰がいちゃいちゃしてた。なんて光景もよくあること。

だけど、誰が来てようがカンケーないのよ。
プライベイトで飲んでるところに「サインください!」とか勝手に写真撮るなんて不躾な客も居なかったしね。
わきまえてたよね、そこんとこは。
それぞれが匿名で楽しめるような空間だったからね。
(ま、オレは当時好きだった「小泉かおる」というモデルが来てることを発見して、
彼女が使ってたストローを店員から奪ったことはあるけど。)


客は遊びを知ってる良い不良がいっぱい来てたな。(ま、中には例外もいたけど。)
そして“お行儀”は決して悪くない。下品でも無粋でもないってこと。
だけど安全ではない。ケンカなんてしょっちゅう。
グラスが割れる音で「お、始まったな」ってわかる。
血を流しながら飲んでるなんてのもよくある光景だった。

リラックスはしつつ、緊張感も常に持ちつつ、そんな心持ちで楽しめた。
どっか、何が起こるかわからないドキドキ感とかハラハラ感がないと面白くないよね。やっぱ酒場は。

オレ自身もいろいろあったな。
思い出すこと、思い出さなくてもいい、矢沢風に言えば“ファッキングレート”などうでもいいこと。

人の目に触れづらい場所にあったトイレの中や、擦りガラスの電話ボックスの中とか。ハハ。
オレの「Redshoes Love Story」っていう歌はあの頃を唄ったもの。
ちなみに尾崎豊も「Redshoes Story」という歌を書いてる。
それもこの「レッドシューズ」だ。
とにかく毎回がエキサイティングなナイトライフだった。

あ、そういえば思い出すと不可解なこともあったな。
ま、いいや。長くなるから次回にでも。


もちろん男女関係のスキャンダルやハプニングだけじゃない。
友達とそこで朝を迎えることが大好きだった。
気がついたら朝の8時9時なんて、ザラだったからね。
そこではコアな話しもできたし、それを誰も邪魔しなかったから、
“人間関係”ってやつをディープな形で繰り広げた。
それによって、より近くなったり、遠くなったり・・・。


オレは若いうちから1人ででもそういうところに出入りして、
大人の世界を覘いた経験があってよかったと思うよ。
その頃の経験は財産だと思う。

いろいろ学んだと思う。
人との距離感、人との肌ざわり、人との関わり方、空気感、酒の飲み方、夜の楽しみ方、友情の育み方。
そして、人との間で一番学んだのは、“粋”であるということ。
“無粋”がいかに罪悪かってことを学んだかもしれない。
その中に含まれる“ユーモア”もね。

オレはどっか、根っからの“街っこ”なんだね。
人がうごめく中で刺激を求めてる。
そんな刺激が「レッドシューズ」にはあった。



オレは若い人に言いたいね。
つるんでばかりいないで、1人で行動できる範囲と、場所と、
それによって経験するものを持ってたほうがいいよ、と。
それはナイトライフだけじゃなくてね。

そして、大人を画一的なものさしで見るんじゃなく、
かっこ悪い大人、みっともない大人、かっこいい大人等々の区別は知っといたほうがいいよ、と。
それもこれも“流行”とか“ファッション”の範疇じゃなくね。
もっと本質的なところで。
そんで、大人になっていったほうがいいよ、と。
経験の質で人は如何様にも育っていくからね。
ただ遊んでるだけじゃダメよ、と。


「レッドシューズ」が無くなって8年ほど経つけど、未だによく思い出すし、
行ったことのある友達と「レッドはよかったねぇ。あんな店どっかにないかなぁ?」なんて話してる。



最近、当時の店長だった友達が「レッドシューズの逆襲」という本を出版した。
それにインスパイアされて、これを書いてみました。
実は「レッドシューズ」は、別の場所に2002年リニュアルオープンした。
だけど、まだ何回かしか行ってない。
最後に行った時、客はオレ1人とスタッフの友達みたいな感じの数人だったんだけど、
スタッフが客そっちのけでダーツで遊んでたからね。行かなくなった。
悪ぃな、モンちゃん!(当時の店長、今のレッドシューズのオーナー)
(ちなみに、その時オーナーはいなかった。)

昔の「レッドシューズ」はスタッフもよかったんだ。
今、よく行ってるバーも「レッドシューズ」のスタッフだった奴がやってる店だしね。
主役は客ってのをちゃんと提示してくれてたよ。
別に主役になりたいとは思ってないんだけどさ。
もちろんスタッフが築くんだけど、スタッフが店を作ってるんじゃなく、
客が店を作ってるんだって、そう思わせてくれてたと思う。
だからスタッフは出過ぎない。
だからこそ気を遣わずに酒もおいしく飲めた。



女子がひとりで飲んでると男から“ナンパ”の対象になるだけだけど、男には1人で酒場に行くことを薦めるな。
そういうところに1人で身を置いてるといろんなものが見えるよ。
ま、酒場じゃなくてもいいんだけどさ。


「悪さしながら男なら 粋で優しい馬鹿でいろ」だな。


あんな店どっかにないかなぁ?