お題「ヴァーチャルな世界」

ヴァーチャルか…。こまった。

僕は今まで“ヴァーチャル”について、自分なりの意思を持ってそれについて考えたことなど無いと思う。
あったとしても、よくある一般的な意見しか持ち合わせてないだろう。
僕はおそらく現実主義者だ。実存主義と言ってもいいかもしれないな。

“ヴァーチャル”は、僕とはかけ離れた世界だし、あまり関心もない。
だからといってここで終わらせるわけにもいかないので
僕の友人だったH(仮名・苗字)についての不思議な話しをしよう。


Hは僕が通っていた東京のとある高校(男子校)に、1年生の終わり頃転入してきた。
Hの噂は僕がいた隣のクラスにもすぐに伝わってきた。
初めの噂の種は
“オカマっぽい”というものだった。とりあえず見学に行く。
確かに歩き方も仕草も“なよなよ”してるし、顔も中性っぽい。
喋りかたも声も“オカマ”特有のそれだ(美川憲一みたいな)。
しかも、近くで見るとその顔にはファンデーションらしきものが塗られていたように見えた。

その他、Hに関して飛び交ったエピソードをいくつか羅列してみよう。

◎ 着替えの時、教室では絶対に着替えないので誰かがそれを追跡したところ、
職員の更衣室で着替えている。

◎静岡から転校してきたとのことだがそれはウソで、本当は外国から来た。
それを裏付ける要因として、ここ数年のTVの話しがまったく通じない。
そして父親はイタリアの貴族関係の出身だ。

◎ヴァレンタイン・デイの時、バッグの中にいくつもの同じ包装のチョコレートが入っていて、
それは“あげる”為のものだった。(実際、もらった奴もいた)

◎そしてたまに、なんとブラジャーを着けていた。僕はよく、その背中を触りに行ったもんだ。
オカマっぽい声で「キャー」と言うのがおもしろくてやっていた。
このブラジャーが発覚されたあたりから
“オカマっぽい”ではなく、
完全に
“オカマ“と認知されていた。
でも、それでいぢめたり、からかったりはあまりなかった気がする。
むしろ、触れてはいけないような“不思議な雰囲気”があった。

◎ そして極めつけが、Hは実は男女の双子で、交代交代で学校に来ている。
「俺は女の方と“ヤった”」という奴まで出てきた。 


その他、さまざまなエピソードを残してHは一年足らずで、アメリカへ留学する為、学校を辞めた。
僕とHはクラスも違ったし、特に仲がよかったという感じではなかったけど、
Hが学校を辞めてしばらくした頃こんなことがあった。


当時、僕は両親と同じマンション内で1人暮しをしていて、
盗まれるものも特にないし面倒くさいのもあって、部屋の鍵は開けっぱなしにしていた。
ある日学校から帰って部屋に入ると、そこにHがいた。

Hの家と僕の家は電車で1時間半くらいの距離がある。
「用があって、近くまで来たから寄ってみた」と言っていたが、
住所を教えた覚えもないし知ってるはずもないので、「わざわざ調べて会いに来た」と直感した。

「オカマに迫られてもこまるなぁ〜。どうやって断ろうか?」という動揺を抑えて、
なるべく離れて座って、平然を装った。
結局、何事もなく時間は過ぎたが。

その時に、「電話番号は教えられないけど…」という前置き付きで住所を教えてくれた。
そこには、東京、フランス、イタリア、アメリカ、と、5ケ所ぐらい住所があった。

「他にもあるんだけど」と言ってた。
またまた“不思議”だったが、なんだか突っ込んで聞いてはいけないような雰囲気だったので詳しくは聞いてない。
“噂”はよぎったが、「あ〜、金持ちなんだ〜」ぐらいのもんで済ましたと思う。


Hがアメリカに行ってからAIR MAILが届いた。
「BobbyとChristinaとでSalt LakeまでDriveに行ってさ、Enjoyしたよ。
まったくHappyなSchool Life さ。君もAMERICAにおいでよ、MusicもいかしてるしWelcomeさ」
みたいなバリバリアメリカ生活をアピールするものだった。

国際電話では「アルバイトで飛行機のパーサーをやってる」とも言っていた。
「そんな歳でなれるのか?」という疑問もあったが、アメリカのことだし、詳しくは知らなかったので一応納得した。
なんせ、
“不思議”な奴なのだ。


それと前後して、もう一通、違和感を憶えた手紙が届いた。
文体はいつもと違うし、筆跡も違う。そして、なによりも名前が違っていたのだ。
Hの名前は
“Y”だが、そこには“J”とあった。
「ペン・ネイムか?」ぐらいで片付けたが。


それからしばらく連絡が途絶えたけど、何年か経って「しばらく日本にいるから会おう」という連絡があり、
また会うようになった。ある時、Hが「正直に答えてほしいんだけど…」の前置きの後、僕に尋ねた。
「噂があったでしょ?」と。

ただならぬ真面目な雰囲気があって、しかも“友人と認めて尋ねられてる”と感じたので、
僕は前出に記したようなことを正直に話した。Hは「やっぱりね〜」と笑ったあと語りはじめた。

「全て本当のこと」
だと。

前出のエピソードを簡単にまとめるとこういうことになる。

Hの父親のお達しか仕来たりかの理由で、
1年間は日本で日本の学校とアメリカン・スクールの両方へ通わなければならない。
しかし、同時に通うのは物理的に無理がある。だから男女の双子で交代交代に通うしかなかったという。
アメリカン・スクールは割と自由なので問題はなかったが、問題は日本の学校。
Hが日本で対応できる学力レヴェルと(高くはない。ということだろう…。チッ)、
金で動いて信用できる学校をリサーチしたところ、最適だったのがうちの高校だったってわけだ。
校長と学年主任の担任だけが、それを知っていた。だから職員の更衣室も使えたわけだ。
そして2人の声も似させるために、大金をかけて器具らしき物を着けてたらしい。
「女の方と“ヤった”」というのも本当で、追跡されて双子ということがバレたので、
口封じのために“ヤった”(ヤられた?ヤらせた?)ということだ。
そして、日本においては(未だに)2人が一緒にいるところを見られてはいけない。
というお達しもあるという。

僕は信じながら聞いていたけれど、本当は信じるも信じないもなかった。
“そんなことがあるのか?”と、頭は混乱していた。異次元に来てしまったようだった。

混乱した頭のまま聞いてみた。
「もうひとりの名前は“J”?」
明らかに驚いた表情で「なんで知ってるの?」と言った。
手紙のことを話した。
全てを告白せざるを得ない、あきらめにも似た表情を見せた。

もうひとつ聞いた。「家に来たことあったよな?」と。
「え〜っ、あいつ行ったの?」と答えた。そして続けた。

「あいつ、君のこと気に入ってたからなぁ」


その事実を聞いてからも何度か会ったが、気まずさもあってか、お互い何も無かったかのようにして会った。

その後、Hが再び日本を離れて音信不通になってから、もう10年以上になる。
未だにどこまでを真実として整理すればいいか自分ではわからないままだけど、
“Y”と“J”はヴァーチャルの世界を生きてたわけだ。

今はどこでどんな生き方をしてるんだろう?
僕もHのヴァーチャルの世界に嵌まったままである。
もしかして本当はHなど存在しなくて、勝手に僕がHのヴァーチャルを創り上げてただけなのかもしれないし。


終わりに…。
いつも、このコラムでは「オレ」という一人称を使っているが、今回は「僕」にしてみた。
ほんの少し、いつもとは印象が違って感じられない?
ほんの少しだけ君を“ヴァーチャルの世界”に誘ったわけである。


あ、あとね。もうひとつ“不思議”なことがあった。
オレは手紙を捨てられないで採っておく人なのね。
Hの告白を聞いた後、家に帰って“Y”と“J”の手紙を探したんだけど、
“J”の手紙だけが見つからないんだ。未だに。