お題「名前について思うこと」


「浦田健志」。戸籍上の名前は「篠田健志」。
だからといって、「浦田」は芸名というわけではない。
芸名だったらもっと“なんだかスゴそうな”のにする。「綾小路」とかそーゆーの。

両親が離婚した時、母親の戸籍に入った為「篠田」になった。
(そこには葛藤があったわけだが)。
それまでの20数年間は、紛れもなく「浦田健志」だった。
オレの現在の本名が「篠田健志」だということは友達の間でもあまり知られてないと思う。
「篠田」を使うのは“法”やらが絡む時くらいだ。
飛行機の国際線のチケットは「篠田」で取らざるを得ない。
その飛行機が墜ちたとしてTVなどで“乗客名簿”が発表されても、
それがオレだと気付かない人はたくさんいるだろう。(これ、憶えといてね。)

そんな感じだから、「篠田」になってから何年も経つのに、ほとんど馴染んでない。
オレは、「浦田健志」という名前がすごく気にいってるというわけではないけど、すごくこだわっている。
デビューする時や、プロダクトの過程で何度か、名前の印象が硬いので
芸名つければ?」
と提案されたこともあったが、そこはこだわった。
「わしゃあ、名前で歌を唄うんじゃない。歌を唄って名前を売るんじゃい。」(別に広島出身ではないが)
という感覚があった。


ただ、興味本位で一度、姓名判断をしてもらったことがある(高い金を払ってだ)。
(その人は貯金残高まで当てるようなすごい能力の持ち主だ)

「この名前なら売れる!」と言って提示された名は

浦田 九

であった。「九」だ!「きゅー」だぞ!?

確かにある面、話題性はあるかもしれないがもちろん却下した。
オレの美意識が許さなかった。
きゅーちゃんっ!」
と呼ばれてオレはきっと笑顔で振り向けない。


なんでオレは「浦田健志」にこだわるんだろう?確かなことは2つある。
ひとつは、「浦田健志」という名前でオレは生きてきて、
自分の中にも、友達の間にも歴史を刻んで、いろんなものを得てきた。という、単純なことだ。

もうひとつは、「篠田」になった時に思った。
オレの親父は子供の頃に両親を失くし、複雑な環境で育ったせいもあってか、
「親戚」の付き合いはまったくない。(いるにはいるらしいが。)
オレにとって、「浦田家」は親父とお袋、そしてオレだけだった。
しかし、それも崩壊した。

法律的な手続きとか、よくわからなくて、大きなことは言えないし、断言できないけれど、
できれば「浦田」姓に戻りたいと思っている。いや、オレからまた「浦田家」を始めたいと思っている。

もし、法律的なことでそれが難しくても、
「浦田」はオレが残す!
と思っている。

たぶん、親父にとって「浦田家」は“夢”だったろう。
だから、親父がオレを育てた証しになるような気もするし、
“家族”があった印にもなるから「浦田健志」にこだわる。

でもね、「浦田」と「篠田」、2つの名前があるでしょ。
なんか「2つの顔を持つ男」みたいでおもしろいよ。
いっそのこと、人格も役割分担してみるか?確信的二重人格

ちなみに「健志」という名前。
親父は「一太郎」という名前を付けたかったらしい。
親戚一同らの反対があって結局、おじいちゃんが「健志」と名付けた。
いま思えば、「一太郎」のほうがインパクトがあるし、
現在のオレのキャラに合わなくもないとは思うが、きっと「一太郎」だったら違う性格になってただろうな。
小さい頃、ちょっとからかわれたりして、トラウマになってたりしてね。
でも、それを跳ね返したり、自分で楽しむことが出来てたとしたら、
もっとパワー・アップしたオレになってたような気がする。ん〜、悪くない。
繊細さは消えそうな気もするが。


「名は体を表す」、か、どうかはわからないが、
(「幸子」が幸薄かったり、「健太」が不健康でガリガリだったりする場合も往々にしてある)
時々、「自分の名前が恥ずかしい」と言う人がいる。(女の子に多い気がする。)
な〜んか、がっかりしちゃうのね。それ。
まあ、人それぞれあるんだろうけど、オレには
「恥ずかしい生きかたしてます。」
と同じように聞えちゃいます。

例えばさ、男は(女もか)仕事で名刺を渡すじゃん。
その時にそんな躊躇が見えたらもうOUTだよね。足元見られるもんね。
理由を聞くと“平凡”だとか、そんな理由だったりしてさ。

平凡”じゃない事の憧れがあるから“平凡”を嫌う。
だけど、“平凡”じゃない生きかたを出来ないから“平凡”であることを恥ずかしがる。
「生きかた次第で名前は付加価値を伴ってついてくるよ。」と言いたい。


矢沢永吉」。
彼はこの名前が“古臭く” “ダサい”と思って嫌いだったらしい。
だけど、それを超える生きかたをして、名前はブランドになった。
彼自身それを目論んで、敢えて芸名を付けなかったみたいだ。

「イチロー」だって「一朗」だしね。

ジャーナリストの「下村満子」という人を知っているだろうか?
きっと、過去いろいろあったと察するけど、現在けっして恥じてる様子は見えない。
満子」でもだ。

他人はどう思おうが、誰の名前でもない自分の存在証明のひとつである自分の名前なんだぜ。
紛れもなく君だけのものなんだ。
自分の名前ぐらい堂々と言えない人は、自分の人生をものに出来っこないよ。
それは“幸福”に向かっていないよ。(あくまでもオレの意見)


「浦田健志」。
ときどき「蒲田」と間違えられる、「むらた」「くらた」と聞き間違えられる、
そしてなかなか「たけし」と読まれない、
「たた」と繋がって言いにくいこの名前で、オレは“The Only One”の生きかたをしたい。
そして、(なかなか同姓同名はいないと思うが)「うらたたけし」と聞いた時に誰もが
オレの「浦田健志」を思い浮かべるような男になりたい。


余談ですが、『「うらたたけし」という名前、セクシーじゃん。』という人がいた。「?」と聞いたら、
『だって、「ブルース・スプリングスティ−ン」も“ス・ス”と繋がってんじゃん』と言った(彼もオレもブルースのファンだ)。
「おっ!そうか!」なんて、なんだか喜んだけど、「それって、カタカナ発音じゃん!?」
と気付いたのは、かなり日が経ってからのことだった。