お題「ラジオ」


イヤホンのコードを袖から通して手のひらに収める。
頬杖をつくふりをしてイヤホンを耳に当てる。

これで準備OK。
スウィッチON。
あらかじめ合わせておいた周波数を微調整。


中1の冬、野球小僧であったオレは授業中、
プロ野球ドラフト会議の生中継をドキドキしながらラジオで聴いていた。

でも、来シーズンの巨人の戦力に興味があったわけではない。


ロッテかどこかの球団が血迷って
「“あいつ”は将来、きっと大物になるから今のうち手をつけておこう」
なんてことが起きるかもしれない。と思っていたのだ。

“あいつ”とはもちろんオレのことであり、まったく
アホまるだしの話しである。

もちろん、そんなのは漫画の世界のおとぎ話しだということはわかっていた。
ちょっとばかり妄想が肥大しただけだ。


だけどその時間は、そんなアホな夢とバカげた秘密をオレはラジオと共有した。

ラジオはいつでも個人的なものだった。
TVとは異なる。
まるで自分だけのために放送してるような感覚。
姿が見えない分、自然と耳を傾けるから想像力も働く。
1対1の関係。

いつしか、野球から音楽へ興味の対象が移ってきたオレは情報収集のためもあってかラジオをよく聴いた。

夕食前の1時間、電リクものの音楽番組(タイトルは忘れた)を聞きながら近所を歩くのが好きだった。

「今日の1位はどの曲だろう?」なんてワクワクしながら。
そしてその中に気に入った曲があればシングル盤を買う。
もっと興味が沸けばLPへ。そんな風にして音楽に詳しくなっていった。

新曲を知るのも誰よりも早かった。
レコードが出る前にラジオでON AIRされたものを録音して歌詞を聞き取りレポート用紙に書き写す。
それを透明なファイル下敷きに入れて学校で発表してた。
聞き取れないのもあったし、間違ってたのもたくさんあったけどね。

ピンク・レディーの「UFO」なんて、考え過ぎて「Useful」だと思ってたし、
サザンの「気分次第で責めないで」の
"はっと見りゃかわいいね"は"晴美ね、かわいいね"と唄ってたし。


深夜放送もよく聴いたな。
「オールナイト・ニッポン」の裏でやっていた「セイ・ヤング」という番組を
“レモンちゃん”こと落合恵子が降板するとき、自宅の電話番号を調べて
「やめないでください」なんて電話したっけな。(お母さんにだけど。「ありがとう」って言われたよ。)
そのくらい1対1だったんだ(勝手にね)。


また、深夜放送を聴いてるってことがカッコイイと思ってた時代だ。
なぜなら、“夜中起きてる”ということが大人っぽくてすごいのだ。

「いやぁ、昨日オールナイト・ニッポン聴いてたからあんまり寝てないんだよねぇ〜」

これがカッコよかった。
「すげぇ〜!」って言われたもん。

受験勉強と称して親の目を盗み夜中一人でラジオを聴く。
この背徳な感じがよかった。
まあ親は知ってたんだけどね。
そのまま寝ちゃったとき気がついたらラジオのスウィッチがOFFになってたし。

しーんと静まり返った真夜中。
まるで、今この世界にオレとラジオのパーソナリティーしか存在していないような感じだった。

お気に入りのアーティストの言葉に耳を傾け人生を学んだ気になった。
すこし成長したような気にもなった。真夜中のうちに。


後年、オレは二時間の深夜ラジオをやることになった。
ステージではあまり喋らない分、ラジオは歌以外のもうひとつの自己表現の場所だった。

あまり喋りはうまくはないけれど、
ステージとのギャップがありすぎてファンが減ったという噂もあったくらい
そこでは“素”に近い状態だったが
(今やってる「じゃん・まラジオ“純情ロマンポルノ”」もそうだろう)、
ひとつだけなるべく気をつけてたことがある。
それは「みんな」ではなく「君」と呼びかける事。
聴いてくれてる人はどうかわからないけれど、やっぱり1対1の関係でありたかった。

うん、歌だってなんだってそうだと思うんだ。
何かを伝えようとするなら1対1の関係のほうがいいんだ。
ラジオはそれを教えてくれたのかもしれない。


オレが最も好きな映画監督兼俳優ウディ・アレンの作品「ラジオ・デイズ」はおすすめ。