ギターは泣いている。
「たまには弾けよ〜」と泣いている。

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N0.1 
Westminstar  Lespaul Type


1977年、松戸の伊勢丹にて購入。初めて買ったギター。
知識も無いし、細かい作業は得意じゃないくせに、
「やりたがり屋」の性格が出て、塗装、改造を重ね、
原型を留めなくなるまでにそう年月はかからなかった。
現在は、バラバラの状態でどこか押し入れの奥のほうに残っていると思う。
これは当時のまだ“ちゃんとした状態”の写真。めちゃめちゃ弾けそー。
Princeton PS-200

そして、これが上のギターと同時期に買ったアンプ。
スピーカー部分に「PINK LADY」のポスターが貼ってある。
スピーカーの意味なし・・・。
No.2
YAMAHA
 FG301B

たしか1978年の自分の誕生日に銀座の山野楽器にて購入(雪が降っていたような?)。
「モーリス持てばスーパースターも夢じゃない」というCMが若者達の心を揺さぶった時代。
ちょっとしたフォーク・ブーム。
「ギターが弾けなきゃ、女子にモテるわきゃない」みたいな風が吹いていた時代。
同級生はこぞって「モーリス・ギター」を買いに走った。
「なんで、おまえが?」みたいな奴までも。
でも、オレはエラかった。
「モーリスじゃなくてもスーパースターになるっ!」と、
多少?あまのじゃくな性格が露呈して、“みんなとは違う”YAMAHAを買ったのだ。
HEAD部分には、自作の「TAKESHI」ステッカーが貼ってある。
オレは、車でもなんでも「TAKESHI」ステッカーを貼っていた
(自己顕示欲)。→これが証拠だ。
このギターも、マイクをつけてアンプに通せるように改造してある。
上のギターのHEAD部分。
No.3
MUSIC MAN  SABREU


1980年頃購入。
「Player」という音楽雑誌の「売ります・買いますコーナー」で買ったもの。
世良公則&TWISTのギタリストが、これとは別の型のMUSIC MANギターを弾いているのを見て、
「めずらしいし、かっこいい」と思っていた。
元の色はナチュラル。そのまましばらく使っていたけど、
何となく“優等生”っぽい感じに見えたのと、自分のキャラクターに合わないような気がしたので、
(今度はちゃんとプロの手によって)塗装を変えた。
ピック・ガードもはずしてある。
ここにも小さく「TAKESHI's」のシールが。
そして一時期だけ「パーマン」のシールも貼っていた。(正義の味方、パーマンに憧れていたのだ。)
Candy Boxというバンドでよく使っていた。
これが、上の塗装前元の状態。
「Plastic Mac」というバンドでのLIVE。初めてのLIVE。
こんな衣装だ・・・。
LIVEの途中で、ちょこちょこ前に来ては写真を撮り、
ササッと隠れるように席に戻っていく人がいた。
何回目かでわかったのだが、その人は母親だった。ちょっとへこんだ・・・。
黙って見に来ていたのだ。「もうやめてくれ。」と厳重注意した。
No.4
GRECO
 PMB1000 Rickenbacker-Type Bass

1981年頃購入。
「ポール・マッカートニーBASS」と言っても過言じゃないほど有名な型。
リッケンバッカー4001ベースのコピーモデル。
たしか「ぽるとぱろうる」という3人組の(ほとんどフォーク)バンドでLIVEをやる時に
「ギター3本っていうのもなんだから・・・」と思って
「オレがBASSも弾く!」と張り切って買ったんじゃなかったかな?
No.5
KAWAI  MoonSault


1981年頃、表参道のKAWAI楽器にて購入。
当時好きだった吉田拓郎氏や原田真二氏のバンドのギタリスト青山徹氏がよく使っていたギター。
青山徹氏も好きだったが、なんといってもウケそうな型に惹かれた。
ギターケース(もろ、この形)には、当時親しくさせてもらっていた原田真二氏のサインがしてある。
形的に、ステージで暴れて他のメンバーに当たると危ないといった難点もある。


その後、2015年からこうなりました。D-sui 5 JJ.ストロベリー仕様。
 
No.6
GRECO GO-V

1983年頃購入。
元「ローレライ」「REICO」のヴォーカル&ギターで、
現在は作詞家、プロデュースなどで活躍してる田口俊氏から買ったもの。
田口氏自身が相当改造していて、スイッチとかたくさんあり、わかわかんなくて使いづらかった。
が、アスファルトの上で倒し、ネックが折れる・・・。
現在は木工用ボンドで着けてある状態。
No.7
Fender U.S.A Tele Caster American Standard

1984年頃購入。
「ブルース・スプリングスティーン」といえば「テレ・キャスター」というイメージがある。
きっとそこに影響されてテレ・キャスターを使ってると思われがちだが、実は違う。
決め手となったのは、「プリテンダーズのクリッシ−・ハインド」である。
彼女のテレ・キャスターは白だったが、
後に「甲斐バンド」の「破れたハートを売り物に」というアルバム・ジャケットで
黒のテレ・キャスターを持っているのを見て「かっこいー!」と思い黒にした。
CANDY BOX、そしてデビューの頃までよく使ってた。
「Fallin' in the rain〜暗くなるまで雨を聴いた」と「裏切りのアクション」
のP.Vでも弾いている。

No.8
メーカー不明。


1986年、レコード会社で働いてた時代に、某プロデューサーから「お前に似合うような気がする」
と、まんまと乗せられて買ったもの。
ピンク色のペイズリ−柄だ。
「ウケそ〜。」と思っただけだ。
この画像は「CANDY BOX」解散ライヴのヴィデオ画像から撮った。
知人に譲り渡す・・・。
No.9
ESP New York Model(という名だったと思う・・・?)


1990年購入。
自分のデビューのお祝いに買ったもの。
ボディーからネックに至るまで全身「ブルー」である。
店員さんと値段交渉(実はこれが苦手)を含めた世間話をしていたら、
あれよあれよという間に半額までになった(12万が6万)。
「メジャーからCDを出す。」と言ったら、「じゃあ、モニターということでタダでどう?」
ということになったが、オレは自分に“冠”をつけて“自由”でいられなくなるのが嫌だったので、
結局半額で手をうった。(えらいだろ?)
オレはステージ上でかなり乱暴に楽器を扱ってしまうほうだが、
それが祟ってかD'sey Kazのツアーの途中で音が出なくなった・・・。
No.10
Takamine NPT-115


1990年購入。
それまでLIVEなどでアコギを弾く時は友達のを借りていたが、
ツアーに出る時「やっぱ、自分のが必要かな?」と思って買ったもの。
これを選んだのは、完璧に「ブルース・スプリングスティーン」の影響。
性格的にか?俺は力いっぱいでギターを弾くため、よく人差し指から血を流してることが多い。
サウンド・ホールからはたくさんの血しぶきが見える。


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